AV新法 ━━ その内容とひろがる波紋

写真協力:ホームランゆたか/LOOKS.TOKYO

みなさん、はじめまして。私はエロ業界深淵の住人、鈴木亨治と申します。もともとジャーナリストを志望してきたものの、友人の「お前は変態だから」という勧めにより、なぜかソフトオンデマンド系列のデザイン会社に入社。当時発刊されていた『出るまで待てない!』(現・月刊ソフトオンデマンド)という広報誌の編集長を務めたことから、アダルト業界にその身をどっぷりと沈めることとなりました。

編集長といっても、やることといえばグループメーカーとの折衝ばかり。AVメーカーの撮影現場に取材と称して潜入しては、AD扱いされる日々を過ごしてまいりました。当時は監督にも広報にも邪険に扱われ続けましたが、その甲斐あって、いまだに弁当を5分以内に完食できます。

そんな私にとっては愛憎入り混じるAV業界ですが、最近の動きには同情を禁じ得ません。6月23日に施行された「AV新法(正式名称:AV出演被害防止・救済法)」によって、業界全体を揺るがす事態に陥っているからです。

◆新契約ルールで職を失う女優も!?相次ぐ撮影中止で現場は大混乱!!

AV新法は、出演を強要されて被害にあった女性を救済することを目的にしています。規制が強化されたポイントは以下の通りです。

1.撮影終了から4ヵ月の公表・発売を禁止
2.出演契約は発売される作品ごとに締結しなければならない

3.契約を結んでから1ヵ月間は撮影が禁止
4.性交等の強要の禁止
5.公表・発売後から1年間(施行直後は2年間)は無条件で契約を解除できる
6.ネット上の情報などについては、情報削除の申し出があった場合、
  プロバイダなどから発信者に対する削除同意照会期間を7日から2日に短縮

要するにAVに出演した女性が後日「発売されたくない」と訴えた場合、メーカーは契約書に従って発売を中止したり、動画を削除しなければならなくなったんですね。

このように、新法で大きな義務を負うのは制作者であるAVメーカー。これらの規制で、いま最も大きな問題になっているのは撮影から発売に至るスケジュールです。

某メーカーの社員によれば、現場はまさにてんやわんやの状態だそうです。

「いちおう施行前に撮影した作品は規制の対象外とされていますが、新法で求められている契約内容を満たしていない場合、どう対応したらいいかわからないなどの理由から発売を中止する作品も続出しています」

大手AVメーカーであれば、法務に対応する部署がありますが、中小メーカーはたいてい社員10人以下の規模なので、新法への対応方法に困惑しているようです。私の古巣では、グループメーカーに対する新法対応の説明会を実施するみたいですけどね。

さて、割を食っているのは男優です。しみけんさんは自身のツイッター(@avshimiken)で次のように発言しています。

今回の新法で1ヵ月前の契約時に出演者を明記する必要が生じました。一方で、AVは「女優2万人、男優70人」といわれるほど、極端な男女比で制作されています。そのため、新法の施行とともに人気男優の争奪戦が始まっているんですね。

前出の某メーカー社員は「もう数ヵ月先まで男優さんを抑えられていて、私たちのような中小は全然キャスティングが決まりません。キャスティングがずれこむと1ヵ月前の契約が結べないので、事実上作品が制作できません。8月以降は白紙状態になってしまった作品ばっかりですよ」

みなさんは驚くかもしれませんが、作品によっては1週間から10日前にキャスティングするケースが少なくありませんでした。

このスケジュール感は男優だけでなく、女優も同じこと。専属女優なら比較的早い段階で契約を結んでいたりしますが、企画女優やフリーランス女優の場合は、もともと決まっていた企画にあてがわれることが多いので、撮影日直前にオファーを受けることもあるのです。ちなみに、私が知る限り当日に予定していた女優が来れなくなって、当日にキャスティングしていた現場もありました。

当然、今回の新法施行で定められた「1ヵ月前の契約」条項によって作品自体が発売中止に追い込まれているので、出演予定だった女優のキャンセルも相次いでいます。

つまり、AV新法によって大きな打撃を受けているのは、中小AVメーカーや、フリーランスが基本の男優、専属ではない女優といった立場の弱い方々です。

このまま改善策がとられない限り、業界のすそ野に広がる働き手たちが廃業に追い込まれかねません。被害者を救済するという名目のもと、弱者は切り捨てられるわけです。まあ、臭い物に蓋をしたがる日本人らしい発想と言ってしまえばそれまでなんですが。

◆業界団体の本気度を示す「適正AV」に対し、疑いの目を向ける人権団体

この新法は、ヒューマンライツナウが2016年に公表した報告書が成立の大きな契機となりました。

その報告書によれば、「タレントやモデルにならない?」と声をかけられた女性たちが、AVの出演を強要されるという被害が相次いでいるとしています。また、AVだと認識せずに契約書を結ばれたり、なかには脅されたり、騙されたりして出演に至ったケースもあるとしています。

2015年当時の相談件数は累計で93件あり、そのうち「過去のAVを削除したい」が22件、「騙されて出演」が21件と約半数を占めていました。

この報告はマスコミで大々的に報じられ、実際に被害にあったという女性が名乗り出るなど、社会問題化したのです。

じゃあ、AV業界はそれを黙って見過ごしていたかといえば、それは違います。というか、業界団体が連携してかなり迅速に対応策を取っています。

代表的な取り組みが適正AVという枠組みを作ったこと。法律家や弁護士で構成された第三者機関であるAV人権倫理機構が、業界団体に対し自主規制ルールを提言するというものです。加盟団体には知的財産振興協会(IPPA)、日本映像制作・販売倫理機構(制販倫)、コンピュータソフトウェア倫理機構(ソフ倫)、日本プロダクション協会(JPG)、第二プロダクション協会(SPA)があります。JPGでは適正AVプロダクションマークをつくって、より健全なプロダクションであることの表示を義務づけました。

具体的には、共通契約書の整備、プロダクション運営やメーカー運営にあたってのコンプライアンスの制定、面接時や契約時などの可視化、ギャラの透明化などを実施。

6月末現在、加盟しているプロダクションは42に上ります。私もアダルト関連の仕事をしているので、懇意にしていただいているプロダクションがありますが、そのすべてが加盟していました。私が知る限り、有名女優が所属しているプロダクションは、ほぼ網羅されています。

こうしたコンプライアンスを遵守したAVは、現在「適正AV」と呼ばれ、発売前に審査団体の審査に合格しなければなりません。要するに、業界もかなり本気で女優保護に動いているわけです。

性産業で働く女性を長く取材し、現在はJPGで監事も務める中山美里さんは、新法に対して疑問を投げかけています。

「私たちは業界全体で共通契約書を作成し、プロダクションからメーカーに至るまで、女優さんの人権保護を徹底するよう活動を続けています。JPGが成立した2016年以降、同協会にAV出演強要被害が生まれたというケースは1件もありません。

一方、この新法では当初から業界団体に疑いの目を向けている節がありました。実際、審議会でAV人権倫理機構が発言できたのは、わずか6分だけで。それ以外は、主に被害者支援団体とそれを支持する議員だけで審議されたんです。まさに密室ですよね。そのため、現場で働く方々を保護する視点が完全に抜け落ちてしまっているのです」

AV新法は、議員立法として5月13日に素案が提出され、6月23日に施行されるという異例のスピードで成立しました。その過程で、業界団体がほとんど呼ばれずに議論が進められました。これは明らかに異常ですよね。検討に検討を重ねて何も動かない総理とは似ても似つかない決断力とスピードです。

◆そもそもAV業界を潰しにかかってる?

私がAV業界の最前線にいた頃から、大手メーカーは人権侵害について比較的敏感でした。審査団体を立ち上げ、クリーンで誰もが楽しいAVを目指す風潮がありました。

ただ、メーカーやプロダクションなどによって契約書が異なっていたり、撮影の条件も違っていたりしました。その意味で業界共通の「適正AV」が誕生したのは画期的だったのです。

現在、被害にあったと声を上げている人の多くはすでにAV業界を辞めている人ばかり。そのうえ、どのメーカーのどの作品で被害にあったのかまでは公表されていません。これでは、業界団体としても具体的な対応が取れません。

例えば「適正AV」以外で、性行為を撮影するメーカーで被害を受けた場合、そもそもそのメーカーは「AV」ではなく、裏ビデオなどの違法作品を販売している可能性もあります。

つまり、今回の新法では「何がAVなのか」という定義の議論が決定的に抜け落ちているんですね。

これに困惑しているのは本についているDVDを制作している出版社や、同人AVを制作している一般の方々です。某出版社の出版責任者は「どこまで適用されるのかわからず、とりあえず遵守するという対応になっている」と困惑の色を隠せません。

他方、同人AVはお互いの男女が趣味の延長で撮影していることがほとんどなので、そもそも出演を強要するという事態にはなりづらい。しかし、仮に新法が適用されるなら、1ヵ月前に契約を結ぶことが必要になります。

「AVが悪い」というイメージだけが先行し、業界の努力も知らない議員や団体によってつくられた規制なので、現場が混乱をきたすのも無理はありません。うがった見方をすれば、AV業界を潰しにかかってると捉えられても仕方ありません。

前出の中山さんはこう訴えます。

「人権を守りながら真面目に制作している“AV”と、そうではない“アダルト映像”の区別を明確にすべきです。本来、救済すべきは適正AVではない作品に無理やり出演させられた女性ではないでしょうか」

現在、中山さんはAV新法の見直しを求める署名活動をしています。
(下記リンクよりご署名いただけます)

→→→【「AV新法執行停止の署名活動に御協力ください!」署名サイト】←←←

議員と被害者支援団体の狙いが本当に人権保護であるのなら、業界団体と被害にあわれたケースについての議論を深める必要があるはず。不透明な密室で決められた法案によって、職を失って苦しむ人が出るのなら、それは人権侵害と呼ばざるを得ません。